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2008年3月

春は名のみの

春だというのに、今ひとつさえない話題が続く。

4月から食料品の値上げラッシュ

麺類、パン類、乳製品、焼酎etc・・・。

それから、ガソリン

暫定税率が期限切れになるので、ガソリンが安くなると思いきや、スタンドに在庫の分は値段がそのままなので、各地で混乱が予想されるとか。

そして、通り魔殺人

東に駅構内で人々に切りつけた引きこもり男がいれば、

西にもホームから突き落とした進学挫折少年がいる。

ほんでもって、異動

引越しがめんどくさい。

でも、引っ越さないと、赴任してくる先生が困る。

がんばらなくっちゃね。

ところで今度の学校は、女子が男子の倍以上いるところ。

あんまり何も考えない人は、「ラッキーじゃん」と思うかもしれないが。

女子の多い学校ほど、世話の焼けるところはない。

女子の間のドロドロは、男子のそれとは比べ物にならない。

いじめでも何でも、一筋縄ではいかない。

最近はこれにケータイがからんでくるので、余計に始末が悪い。

ひょっとしたら、ぶろぐるだって、裏サイトで何を書かれているかわからない。

今度行くところが、それとは無縁なところと思いたいが、多分そうじゃないだろうな。

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とうとう転勤でございます

ぶろぐるついに転勤であります。

山の中の高校から、海の高校へ。

しかも専門高校であります。

ぶろぐる ずっと普通科の高校ばかりだったから。

一度くらいは専門高校(いわゆる農業・工業・商業・水産高校など)に行ってみたかった。

生徒の質はともかくとして。

引越しは面倒くさいけど、来年度からまた頑張るであります!!!

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手首痛かったッス

3月一番の大仕事、指導要録書きがやっと山場を越えた。

要録を書くときに一番大変なのが、所見。

どんなにアホでどうしようもない奴でも、褒めなければならない内容を考えるのも面倒くさいけど。

それ以上に大変なのが、書くこと。

何せ30ン名分の所見を書かなければならない。

しかも1行だけでなく、5~6行も。

これを一日で書くなら確実に手首痛める。指がつる。しびれる。

しかもぶろぐるは左利きなので、手首を必要以上に丸めて書く癖が染みついてしまっている。

書くたびに手首が痛くてたまらん。

2~3人所見を書くたびに、手を休めなくてはならない。

毎年、書くたびに思うんだよね。手首に湿布張ってから書けばいいって。

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2001年宇宙の旅

SF作家のアーサー・C・クラークが亡くなった。享年90歳。

記事はここをクリック。

アーサー・C・クラークといえば、あの「2001年宇宙の旅」でおなじみの作家。

goo 映画
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ぶろぐるがこの映画を見たのは、高校2年生のとき。

淀川長冶の名調子が冴えていた頃の「日曜洋画劇場」で見た。

何十分もカットされてて、しかもワイドをテレビサイズに無理矢理カットしたものだったけど。

それでも衝撃的だったなあ。

SFX(この言葉ももう古いですね)全盛の時代でそう思ったのだから、1968年の初公開時はさぞかし大変な衝撃を受けた人がたくさんいただろう。

「ウルトラマン」や「怪獣総進撃」とこの映画を並べてみれば、わかると思う。

念のため。決して日本の特撮をバカにしているわけではありません。ぶろぐるはその昔、円谷英二を神と崇めてました。

それだけ、誰も見たことがない映像だったと言いたいのです。

「2001年」の映像のすごさは今までいろいろなところで語られているので、ここではあえて省略するが。

何十回も見た中で気づいたことがある。

この映画、やたらと食べるシーンが多すぎはしないか。

「人類の夜明け」の場面では、武器を手にしたヒトザルが動物の肉を食らってたし。

宇宙ステーションから月への定期便「エアリーズ号」や、モノリス発掘現場に向かう船内で博士たちは宇宙食を食べてた。後者のはサンドイッチそのもので、「宇宙食も進歩しましたね」なんていう台詞が出てくる。

ディスカバリー号の船内でも、ボウマン船長たちはペースト状の宇宙食を食べてた。うまそうには見えなかったが。

そして、スターゲートの果ての白い部屋で老化していくボウマンも、朝食(だろうと思う。パジャマにガウンをひっかけた姿だったし)を食べていた。

こんなにたくさん食べるシーンが出てくるのは、食べ物を題材とした映画は別として、そうはないんじゃないか。

となると、キューブリック監督はかなり意図的に食べるシーンを入れたのではないか。という推測が成り立つ。

じゃあなんで、そんなに食べるシーンをやたらと入れたのか。

ずっと考えているのだけど、なかなか結論が見出せない。

ともあれ、「2001年」という偉大な作品を作った巨匠に、合掌

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指導要録の季節だぞ

どこの学校でも、担任の先生は、この時期になると、「指導要録」なるものを書く。

「指導要録」

それは、平たく言えば、生徒の学校生活の記録。

たとえば、ぶろぐるみたいに、高等学校の場合。

まず、生徒本人の名前、保護者名、住所を書く。

これは全て、住民票記載事項どおりに書かなければいけない。

だから「渡邊」を「渡辺」と書いてはいけないし、「黒澤」も「黒沢」と書いてはいけないのだ。

住所だってそう。

「1丁目2番地」を「1-2」と書いてはいけないのだ。

万が一そう書いたら、訂正印を押して、訂正しなければならない。

名前・住所が終わったら、次は出身中学、入学日を書く。

そして、校長名と担任名。

これはゴム印で済ませるところが大半であるらしい。

次のページには科目ごとの修得単位を鉛筆で書く。なんで鉛筆で書くかというと、同じ欄に卒業時に合計してペン書きしなければならないからである。

次に、科目ごとの評定と修得単位を書く。

評定とはいわゆる「5・4・3・2・1」のこと。ただし、「1」はその科目を修得できなかったという意味なので、普通書かない。隅に鉛筆で「未修得」と書くこともある。

ぶろぐるの学校では、評定はゴム印、修得単位はゴム印または手書き。

修得単位の合計は、公立の学校では30が普通。私立はどうか知らないが。

一番最後のページは、まず「総合的な学習の時間」の活動と評価。

それから、生徒の所見。

これは一つ条件があって、必ず生徒のことを褒めなければならない。

たとえそいつが、どんなにアンポンタンのスカポンタンでも、だ。

これは結構書くのに苦労する。特に日ごろボーっとしてる奴はなおさら。

そういうのに限って、「自分の長所」などを書かせると、ぜんぜん書けない。

そして最後に、出席状況。

同じ出席停止でも、悪さをしての出席停止は出席扱いで、インフルエンザなどの法定伝染病による出席停止は、「出席日数」から引く。

後者の場合、わかりやすく言うと、高校生の「出席日数」が200日で、インフルエンザでの出席停止が5日あった場合は、「出席すべき日数」は200-5=195(日)となる。

どのみち、出席停止は欠席にはならない。

ちなみに、ペン書きのところは全て、万年筆で書かなければならない。

ちなみにその2、「指導要録」は学校で20年間保管しておかなければならない。

ちなみにその3、「指導要録」は本人のところだけ本人のみ閲覧可能である。

でもあんまり見る人いないけどね。

ぶろぐるは今、それを書いてる真っ最中。

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ブルートレインさようなら

昨日おとといは朝から寝台急行「銀河」のさよなら運行の話題で持ちきりだった。

まさに「さよなら銀河鉄道」というわけで、テレビではバックにゴダイゴの「銀河鉄道999」が流れていた。超懐かしい。小学生のぶろぐるは、ゴダイゴの英語の歌詞がぜんぜん歌えませんでした。

まあそれはよいとして。

ぶろぐるにとっての寝台列車は、家族旅行の帰りから始まります。

当時のぶろぐるにとって、寝台列車はあこがれの乗り物でした。

あの年はちょうど冷夏で、冷房いらずの夏でした。

ところが、よせばいいのに寝台列車は冷房が効きまくってて、家に帰ってきたときには、ぶろぐる以外の家族はみんな夏カゼをひいてしまいました。

学生時代は帰省をするとき、3回に1回は、必ず寝台特急を使ってました。

感想はただ一言、「眠れん!」。

とにかく揺れがハンパではない。

そして真夜中に駅に停車して出発すると。

がったん!

必ず大きな揺れが来る。

ぶろぐるはまず間違いなく、この揺れで目を覚ましたもんだ。

そして、ぼーっとした頭で夜が明けるまで窓の景色をぼーっと見てたもんだ。

そんな思い出しかないけれど。

なぜかもう一度乗ってみたい。

p.s.「銀河」はなくなったけど、ぶろぐるが乗ってた寝台列車はまだ現役です。

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昨日の続き

昨日のブログで、「ぶろぐるの見方はちょっと違う」と書きました。

こういうことを書こうと思ったからです。

先生と生徒の恋愛はそれほど珍しい話ではありません。知り合いの先生に、卒業を待って結婚した人がいます。

まして卒業生と結婚した先生は、ゴマンといます。

だから、マスコミが「先生と生徒の恋愛なんてけしからん」なんて言うと、ちょっと腹が立ちます。

あんたら、テレビなどで先生と生徒の恋愛ドラマ、いくつ作ってきた?

で、大概ハッピーエンドにしてきたでしょうが。

ぶろぐる的には先生と生徒の恋愛は、OKです。

ただし、基本的に「忍ぶ恋」でなければならない。

もうひとつ、在学中は絶対にエッチしてはいけない。

だって、みんなに知れたら大ごとでしょ。

とまあ、こんなことを書こうと思ってた。

でも、その後の報道を見ると、「脅迫するつもりはなかった」という範疇では収まらなくなってきた。

なんでも、「お前の写真を彼氏に送りつけるぞ」とか。

「お前の彼氏のことは全部調べてある。彼に何をしてもいいですか」とか。

学校名のついた封筒を使って、封書を送ったりとか。

世間じゃそういうことを脅迫というのです。

そして、思いっきり浮気なんですってね。

奥様は自殺まで考えていたそうですね。

おいおい。

それにしても、在校生および卒業生はかわいそう。

ショックで不登校になる子が出てきはしないか。

教員に対する不信感が出てきはしないか。

学校に変な手紙や電話がいっぱい来はしないか。

とにかく年度末から新年度にかけて、パニック状態になるでしょうね。

とにかく、教頭先生以下職員の皆さん、生徒のみんな、めげずにこの難局を乗り切ってください。

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寒い寒い冬が過ぎ

けっこう寒かった冬が うそのように。

  春めいている 今日この頃。

    昨日はかなり 寒かったけど。

      分かる 少しずつ 春になってくるのが。

せっかくの卒業式の日に

逮捕された校長がいる。

なんでも 「オレとよりを戻せ 戻さないとひどいぞ」的なメール

元教え子の女性にしつこく送りつけていたとか。

その女性は5~6年前に女子高生やってた人だということですから。

今じゃ20代前半ですか。

片や50代半ば過ぎ。

親父と娘の年の差じゃん。

しかも女性が現役の女子高生だったころから、つき合ってたというじゃないですか。

さすが埼玉 大都会。

違うか。

マスコミは一斉に、「このエロ校長め!」と叩いてますが、ぶろぐるの視点はちょっと違う。

どこがどう違うかは。

また明日。

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梅の花咲き 桜芽吹く頃

例年暖冬の傾向に逆らって、いつもより寒さが身にしみた冬が終わって。

だんだんとジョージ・ハリスンの「ヒア・カムズ・ザ・サン」が似合う季節になってきました。

ぶろぐるはこの曲を聴きながら、山道を突っ走るのが大好きです。

で、こういう時期になると、教員の間でそこはかとなくささやかれるのが、異動

いわゆる転勤です。

ぶろぐるもこの地で教員やって、ン年目。

今年はいよいよおさらばの時期になりそう。

校長にそれとなく言われてるから。

ぶろぐるは不良教員だから、どうせロクなところへの転勤はないだろうけど。

それを見越して、引越しの準備したいんだけど。

まだまだ、まだまだ、忙しい。

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万田坑をゆく

熊本県は荒尾市に、三池炭鉱跡地「万田坑」がある。

明治時代に採掘が始まったが、昭和26年に閉坑してしまった。

それでも他の炭鉱とつながっていたため、施設は平成9年の閉山まで操業していた。

そんな万田坑に、こないだ行って来た。

Photo

うーん、圧倒される。

荒尾にこんな立派な近代遺産があるなんて、ぜんぜん知らんかった。

Photo_3  ツアー客が元炭坑夫のおじいさんの案内であちこちめぐってた。平均年齢かなり高い。

万田坑はいわゆる「観光地」とは言いがたい。売店があるでなし、案内板もかなり控えめだし。

はっきり言って、一回は通り過ぎてしまうかも。

万田坑は史跡というより、廃墟に近い。いや、廃墟そのものだ。

Photo_4

ガラスの破片やら鉄くずやら、片付けもされずに残っている。

上の写真は「職場」と呼ばれる建物ですが、屋根の真ん中が見事に崩れ落ちてます。

梁やら棟木やら、あちこち飛び出して、見るからに危険そうなのに、立ち入り禁止じゃないのだな。

Photo_6これは、第二竪坑ヤグラを坑口から見上げたもの。

見上げてたら案内人のおじさんから、「時々鉄骨が落ちてきますよ」といわれた。

この真下の坑口は閉山時に埋められてしまった。

触ろうと思えばいくらでも触れるし、入ろうと思えばどこでも入れる。その気になれば、お持ち帰りもできる。

現に銅線ケーブルなんか、あちこち持ってかれてたし。

でも、変に立ち入り禁止の立て札立てて、ロープ張るより、ずっと当時の雰囲気をリアルに感じられる。

なんか、この場所だけ、時間が止まったって感じ。

三井三池炭坑が日本最大の炭坑だった頃は、荒尾や大牟田は大変なにぎわいようだったそうですが。

今では荒尾市は駅前周辺がさびれてしまい、わずかにグリーンランドとショッピングセンター界隈だけがにぎわっているという、どこの地方都市にもありがちな問題を抱えている街です。

だけど、この「万田坑」だけは、絶対に残してほしい。

これが荒尾のアイデンティティだから。

Photo_7 

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わたしの好きな黒澤映画(野良犬・その3)

野良犬(1949)(1949) - goo 映画
野良犬(1949)(1949) - goo 映画

↑↑↑あらすじはこちらをクリック。

佐藤刑事負傷。

ショックを受ける村上。

そんな彼が、いよいよ遊佐と対決する。

有名な「ソナチネ」の場面。そして、史上名高い「ちょうちょ」の場面。

あの、遊佐の号泣の場面で、ぶろぐるはいつも泣いてしまう。

遊佐という男は、本当は気の弱い、真面目な青年なのです。

復員兵であるというハンデはあるにせよ、彼は自分の弱さに負けて、とうとう恐るべき犯罪に手を染めてしまったわけです。

そんな彼が、小学生たちが歌う、「ちょうちょ」を聞いた時、何を思っただろうか。

彼の両手は血にまみれてしまった。

もう、無邪気に「ちょうちょ」を歌えない。

オレは人殺しだ。

オレは野良犬だ。

取り返しのつかない自分に気づき、もだえ、そして泣いたのではないだろうか。

「野良犬」は刑事ドラマの名作と言われています。

終戦直後の映画ですが。

今見ても絶対面白いです。

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仰げば尊し

仰げば尊し わが師の恩

   教えの庭にも はや幾年

       思えばいと疾し 往く年月

           今こそ別れめ いざさらば

最後のフレーズは係り結びの法則が使われている。係助詞の「こそ」が入ったので、意志を表す助動詞「む」が已然形「め」になった。係助詞の「こそ」は強意のはたらきがあるため、ニュアンスとしては、「今がお別れの時です、それではさようなら」から「今こそお別れの時です! それでは、さようなら!」という感じになる。

とまあ、国語教師ぽく。

今日は卒業式

やっぱり一番のハイライトは、何と言っても答辞でしょう。

ぶろぐるの学校は元女子高だったせいか、答辞はだいたい女子がやる。

現にぶろぐるはこの学校長いけど、男子が答辞をやったのは、たった一回だった。

ぶろぐる的な感覚から行けば、送辞は言ってみれば刺身のツマのようなもので。

ぶっちゃけた話、言い間違いせずにハキハキと言えればそれでいい。

つまり、中身なんてどうでもいい。

答辞はそうはいかない。

卒業生の思いを一語一語に込めなければならないからだ。

当然、一語一語が重くなる。それだけ研ぎ澄まされる。

だからといって大時代的な美文調では思いは伝わらない。少々言葉足らずでもいい、あくまでも自分たちの言葉で語るからこそ、答辞は美しいのである。

したがって、答辞を読む姿もとても美しい。

昨日までへの切なさと、明日への不安と希望が、ないまぜになっているから。

今日は卒業式。

   式が終わって、教室に戻って、自分の思いを語って。

   お互い仲良しだったよねって、お互い写真を撮りあって。

   アルバムいろいろいっぱい書いて、

   お世話になりました。がんばります。また遊びに来ますね。

   春のうららの昼下がり、

   いつの間にやら 彼ら 去ってゆく。

それが卒業式。

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