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2008年11月

御所浦島って知ってますか。

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御所浦島は、天草上島の南に浮かぶ、大小18の島から成る。
今日はぶろぐる初上陸の日。
ぶろぐるの学校にもここから通ってくる生徒がいる。
御所浦には天草上島・下島につながる橋が全くないので、交通手段は完全に船ということになる。
今日乗った船は、「栄久丸」という高速船。
でも半分は貨物船のようなモノ。
船の後ろ半分には島への荷物がたくさん積まれていた。
島のモニュメント「マリンビーナス」を横目に見ながら、船は本郷港へ着く。
以外に若い人の姿が目につく。
と思ったら、実は熊本学園大学の学生が大勢来てたのだ。

さて、これからはタクシー運転手のオジチャンから聞いたのだが、御所浦島は最盛期には人口1万人以上いたという。
ちなみに今の人口は4000人弱。
天草市に合併されたのが響いたのか知らないが、とにかく島の人口は減り続けている。
最近のぼり旗のある家(つまり子供が生まれた家)をあまり見かけなくなったそうだ。
それだけ過疎化が進んでいるということだろうね。

烏峠へ行く。
とうていリムジンバスでは行けないほどの切り返しを何回も進んだところで、頂上へ着く。
まさに、絶景。
前を向けば天草の島々、後ろには八代・芦北・水俣の地が広がっている。
まさに、パノラマ。
でも、木が生い茂りすぎているのが気になった。

本渡港への船で帰途につく。
案外高校生の姿が目についた。
多分高校の寮へ帰っていくのだろう。
明日から多分テストだ。
がんばれよ。

御所浦町のHPはこちら。


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第一位って何?

最近、テレビだの新聞だの、インターネットだのでやたらと「第一位」という言葉を見かける。
「○○好感度第一位」とか「○○ランキング第一位」とか。
これだけ「第一位」が続くと、「第一位」以外に価値はないのかと思ってしまう。
「東京ミシュラン」だって、星がついていない店には価値はないのかとツッコミを入れたくなる。
だいたい、「東京ミシュラン」があるくらいなら、「大阪ミシュラン」とか「名古屋ミシュラン」とか「福岡ミシュラン」とかあってもいいはずだ。
だって、そこでしか味わえない味というものがあるはずだから。
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ぶろぐるは映画が好きなので、ランキングというとすぐに「キネマ旬報」のベストテンを連想する。
だけど、これも結構いい加減なことがわかる。
例えば、オールタイムベストテンを決めると、必ずトップに挙がるのが黒澤明の「七人の侍」。
だけど、公開された1954年当時は、ベストテンの第三位だった。
オールタイムベストテンの常連となる1950年代の映画で、公開当時第一位になった作品は、ぶろぐるの記憶では小津安二郎の「麦秋」と黒澤明の「生きる」、そして成瀬巳喜男の「浮雲」ぐらいだ。
毎年のように第一位になっていた今井正の作品は「また逢う日まで」を除いては、オールタイムベストテンにはあまり顔を出さない。
ちなみに、今井正の第一位作品には「にごりえ」「真昼の暗黒」「米」「キクとイサム」がある。
結局オールタイムベストテンは、「記録より記憶」ということになるのだろう。
「日本映画と言えば、これでしょ!」と思いつく映画が必ず上位に挙がってくる。
長嶋茂雄よりすごい記録を残した選手はたくさんいるのに、プロ野球選手と言えば一番に長嶋茂雄が挙がるようなものだ。
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かように、「第一位」なんて至極いい加減なものだ。
「七人の侍」が一番! という人もいれば、「東京物語」がイイ! という人もいる。
食の話で言うならば、「東京ミシュランの三つ星レストランよりも、ワタシは近所の○○食堂がいい! だっていつもご飯を多めに盛ってくれるもん!」という人もいるはずだ。

それでいいんじゃないか。

だから、巷のランキングはあくまで参考程度に見ておけばいい。

とまあ、こんなことを書いたのも、朝の番組の特集でやたらと「第一位」「第一位」とやかましかったから。
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少年探偵団シリーズ大好きでした。その3

大人向けの乱歩が読みたいというわけで、当時出版されてた角川文庫の「江戸川乱歩」全集を親に無理矢理ねだって、ちびちび買いためた小学生ぶろぐる。
つくづく変な小学生だった。
だってなあ、当時読んでた小説が「芋虫」「盲獣」「陰獣」「人間椅子」「赤い部屋」etcだよ。
サワヤカ小学生が読むようなシロモノではなかろ?

さて、小学生の時に乱歩の洗礼を受けたぶろぐるは、それから同系列の小説を読みあさるようになりました。
横溝正史。海野十三。高木彬光・・・。
親戚の家に、「少年倶楽部」の文庫の復刻版があったのも大きかったです。
東宝の特撮映画にハマってたときには、「海底軍艦」の原作本(明治時代のSF作家・押川春浪の作品)を親戚の家で見つけて、借りて読みました。
実は借りっぱなしでン十年たちますが。

だから中学までの読書歴は、他の中学生のそれとは大幅に変わっていることは間違いなく言えます。
かなり年代物で、それでいてかなり怪しげなものばかり。
繰り返すが、ホントに変な子供だったのね。

高校に入ると、がらりと読書指向が一変し、内外の名作文学を読みあさるようになりましたが、それでもぶろぐるの読書の原点は、乱歩にあると断言できる。

ミステリ小説はそれ以降もかなり読みましたが、やはり頭の中では乱歩が一番である。
なんと言ってもキャラクターが凄いですね。
明智小五郎・小林少年・怪人二十面相はもちろんのこと、悪人たちが変装する怪人のキャラの強烈なこと。
殺人ピエロ・赤いサソリ・女賊黒蜥蜴・人間豹etc・・・。
少年探偵団シリーズになっても、黒い魔物・コウモリ男・青銅の魔人・魔法博士・透明怪人・巨大カブトムシ・怪ロボット電人Mなどなど。
これらの怪人たちが繰り出すトリックは、今見るとほとんど噴飯モノだけど。
それでも読ませるところが、乱歩の偉大なところだ。

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テストがやってきた。

今日から学期末考査である学校が多いと思う。
だいたい、高校生が一年間で受ける科目は12~13ぐらいだ。
だから、大半の学校が学期末考査を4日間とる。

余談だが、「科目」と「教科」は似ているようでちょっと違う。
「教科」というのは大カテゴリで、「科目」というのは小カテゴリである。
例えば、「国語」という「教科」の中に、「国語総合」や「現代文」や「古典」などの「科目」が入っている、という具合。

どこの学校もテスト前一週間から、職員室が立ち入り禁止になる。
朝や夕方の課外授業もなくなる。
部活動も中止になるか、時間制限をされる。
思い当たる方も多かろう。

なぜ職員室が立ち入り禁止になるかというと、先生がテストを作っているからだ。
テストの問題内容は、先生にとって、いわばトップシークレット。
試験のそのときまで、絶対に生徒に見せてはならないのだ。
では、生徒に見られたら、どうなるか。

全ての科目のテストが作り直しになるのだ。
こ~れ~は~こ~わ~い~ぞ~。
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いっぺんどこかの高校が、そういう憂き目にあった。

ま、それはともかくとして、生徒諸君、テスト頑張りましょう。

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少年探偵シリーズが大好きでした。その2

江戸川乱歩について、もう少し書かせていただく。
乱歩の小説は、机の上できちんと読んではいけない。
というルールを、小学生時代のぶろぐるは勝手に作ってしまった。
読むなら薄暗い部屋で、部屋の片隅で丸まって読むに限る。
小学4年生のとき、「たまにはこういう小説も読め」と親に言われて、勧められたのが『悪魔人形』(原題は『魔法人形』)。
「少女クラブ」に昭和32年に連載された小説だ。
あらすじは、怪人二十面相がさまざまな人形に化けて秘宝を盗むものの、明智探偵と小林少年に阻止されてしまうという、毎度おなじみのストーリー。
今にして思えば他愛のない話に、当時10歳のぶろぐるはすっかりハマってしまった。

夜な夜な家の中を徘徊する着物姿の人形。
箱の中に閉じ込められた小林少年と、その後の彼を襲う危難。
闇の中から次々に現れる人造人間の群れ。

そのころ読んでたマンガよりも、マジで面白かった。
それがきっかけで、少年探偵団シリーズをむさぼるように読んだ。
乱歩の少年探偵団シリーズって、普通は小学校の図書館にありそうなものだが、どういうわけかぶろぐるの小学校にはなかった。
そこで、県立の図書館でシリーズを読みまくった。
そこに置いてあった少年探偵団シリーズは、ほぼ例外なくボロボロのカバーにまとわれていた。
でも、それがまた良かった。
つくづく変なぶろぐるだと思う。

ところで、今の人たちは知っているかな。
昔のポプラ社版は、かつて大人向けに書かれた乱歩の小説を子供向けにやさしく書き直したものも出版していた。
「悪魔の紋章」→「呪いの指紋」
「黒蜥蜴」→「黒い魔女」
「化人幻戯」→「白い羽の謎」
というふうに、タイトルも変えていた。
もちろん、「暗黒星」「地獄の道化師」「緑衣の鬼」みたいにタイトルそのままの作品も多かったが。
怪人二十面相が出てくるシリーズと違って、殺人場面が出てくるのがちょっとショックだった。
別に、殺人自体はびっくりすることではない。
それまで、「オレは血を見るのが嫌いだ」がモットーの二十面相ばかり見てきただけに、殺人場面満載の乱歩小説に驚かされただけだ。

でも、普通に読みたくなりました。
大人向けの乱歩の小説が。

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修学旅行についてです

だいたいどこの学校でも修学旅行てのをやると思うけど、ぶろぐるの学校でもご多分にもれず来年修学旅行に行く。
当たり前の話だが、我々教員の修学旅行における使命は、いかに生徒を無事に引率するか、という、この一点につきる。
なあーんだ、当たり前のことじゃないか。
そういうあなたは、一回修学旅行の引率をやってみるといい。

その辺の苦労話は、ぶろぐるの過去の記事にたっぷり書いたつもりなので、そちらを見ていただくとして。

ここでは、修学旅行に向けてどんなふうに話が動くかを書くことにする。
まず、いつ行くかという話になる。
それから、どこに行くかをおおざっぱに決める。
「おおざっぱに」というのは、クラス別・班別行動といった細かいところは後で決めるからだ。
そこまで決めたら、旅行業者を決める。
校長名で、旅行業者に文書を送付する。
これこれの条件で、なるべく安く、旅行プランを立ててほしい。
という内容の文書をだ。
そして、なるべく早いうちにプランを立てた旅行業者を呼んで、プレゼンをやってもらう。
公平性を期するために、プレゼンの順番をくじで決めるし、教員だけでなくて保護者代表にも来てプレゼンを聞いていただく。
そして、旅行業者をどこにするかを、教員と保護者で討議。
最終的には校長の決済をもらって、旅行業者に通知。

イマドキの修学旅行は、4泊5日で、お値段は小遣いを除いて7~8万円が相場である。
次に担任が頭を痛めるのは、この修学旅行の代金を保護者にきちんと払っていただくことだ。
簡単なようだけど、一筋縄ではいかないことは、小学校における給食費の未納問題を見てもわかるだろう。
修学旅行の直前まで、担任はなりたくもない集金の取り立て人にならなくてはならない。
電話を頻繁にかけなくてはならないし、時には家庭訪問もしなければならない。
中には「そんなにやかましく言うなら、うちの子は修学旅行に連れて行かなくてもけっこうです」という保護者もいる。
それが、食べるのがやっとという家庭ならまだしも、明らかに金に困っていない家庭からそういう発言を聞くと、正直カチンとくる。
「ウチはこのとおり貧乏ですけど、子供には人並みに修学旅行に行かせてやりたいんです」という親が実際にいるので、ますます頭に来る。
確かに、それぞれの家にはそれぞれの事情があるかもしれないが。
でも、最後の修学旅行である。
何とか行かせてほしいものだ。

こういう発言って、麻生サン並みかな。


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少年探偵シリーズ大好きでした。

先日、暇だったので本屋に寄ったら、文庫本の棚に見たような表紙の本が積まれていた。
「おお、江戸川乱歩の少年探偵シリーズではないか!」
思わず声を出しそうになった。
まあ、なんて懐かしい。
ポプラ社刊の、昭和39年発行当時の装丁をほぼ忠実に再現している。
もちろん、挿絵はあの柳瀬茂だ。
といっても、ポプラ社の少年探偵シリーズ(現在のではない)を読んだことがない人には、何のことかさっぱりわからないだろうけれど。

来年公開の映画「K20 怪人二十面相・伝」のPRの一環として発売されたらしい。
おそらく第一期発売というやつだろう。
「怪人二十面相」「妖怪博士」「少年探偵団」「青銅の魔人」「大金塊」「サーカスの怪人」の6冊が売られていた。
どれもこれも、ぶろぐるが小学生のころにハマって読んだやつばかりだ。

ぶろぐるのみならず、昭和の時代に小学生やってた男の子は(いや女子もだろう)必ず学校図書館で江戸川乱歩の少年探偵シリーズの洗礼を受けているはずだ。

江戸川乱歩の小説って、どうしても新しい装丁より、かび臭く古めかしい装丁のほうがよく似合う。
もっと言うなら、紙は黄ばんで、活字も大きく見やすくないほうがいかにも乱歩らしい。
そして、TSUTAYAの本棚より、薄暗くて薄汚い書棚に鎮座しているほうがふさわしい。
ぶろぐるの偏見だが、乱歩の小説に新しさは似合わない。
古めかしさこそ、乱歩の生命線だと思うのだ。
古めかしさ。
言い換えれば、懐かしさ。

乱歩に「懐かしさ」はよく似合う。
乱歩が現役バリバリだったころに出された乱歩全集の惹句が、「懐かしの乱歩!」だったのは、ファンなら誰でも知っている。

日本には近代以降、優れたミステリ作家がたくさん出てきたが、それでもミステリ作家を一人選べと言われれば、そうとうな人数の人が乱歩を選ぶのではないか。
それはなぜか。
ひとり江戸川乱歩のみ、「懐かしさ」という人間の心のひだというか、そういうものに深く食い込んだからだと思うのだ。

少なくともぶろぐるは、乱歩の小説を懐かしいと思った。
断っておくが、ぶろぐるはリアルタイムで乱歩の小説を読んではいない。
しかし、ぶろぐるがレトロなものに憧れるようになったのは、間違いなく乱歩の影響が大きい。
乱歩の小説を読んでは、二十面相と明智小五郎や小林少年が追跡劇を繰り広げた「やしき町」に憧れた。
小学生当時は、まだ一般的だった筒型ポストを見ては、実は二十面相の変装ではないかと疑ったりもした。
夕闇迫る空き地を見て、すでに闇になった空き地の片隅から、恐ろしい怪人が現れるのを想像したこともある。
それで友人からそうとう変な奴に見られていたが。

でも、乱歩をめぐるエッセイを読むと、同じようなことを想像した人が結構たくさんいるのに驚いた。
そういう人たちの何割かがミステリ作家になっているところから見ると、乱歩の世界は我々の原風景なのだ。


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おバカとハサミは使いよう!?

ちょっと前の話になるが、おバカタレントのスザンヌが熊本県の宣伝部長に任命されたそうな。
理由は単純、熊本県出身のタレントだから。
地方出身のタレントが勝手に出身地のPRをするのはよく聞くけれど、熊本県公認の宣伝部長にタレントが任命されるのは珍しいことだ。
その珍しいことを、珍しく熊本県がやったというところに意義がある。

大体、熊本県は昔からPRがヘタクソと言われてきた。
海から山まで、豊富な食材と観光資源に恵まれているのに、である。
だから、いつももったいない気がして仕方がなかった。
なので、今回のスザンヌ任命を諸手を挙げて賛成する。

で、熊本県に言いたい。
スザンヌに任せておけということだ。
県の役人がやたらとテコ入れすると、PRがおかしなことになってしまう。
自治体の匂いがするPRは、かえって逆効果になる。
出る番組の要所要所で、熊本をPRしてもらえば、それでよいのだ。
カルデラが阿蘇のつららみたいなもの(byスザンヌ)でもいいじゃないか。
あとでフォローすればよいだけの話。

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相撲は今日が千秋楽

昔、国語の課外授業で相撲に関するエッセイを扱ったことがある。
その中に力士の武勇伝が書かれていた。
10人近くのヤクザとケンカになったとき、相手がくたびれるまで殴らせておいて、結局は全員叩きのめしたとのことである。
力士の体は基本的に防御向けであるので、並の人間がいくら殴りかかってもびくともしないのだ・・・という文脈だったと思う。
そりゃあ、全盛期の曙や小錦の一撃をまともに食ったら、どんなに屈強な人間でも立ってられないだろうな。
そんな頑健さの極致ともいうべき人間同士がぶつかり合う土俵だ。
壊れることがあってもおかしくなかろう。
実際、高見盛は2回も土俵を破壊して、「土俵クラッシャー」なんてあだ名をつけられたとか。
そのうちの1回があった今年の九州場所は、優勝決定戦までもつれこんだものの、白鵬が安馬を破って3連覇を達成した。
その一番を見てたけど、まさに白鵬の気迫勝ちってところ。
負けはしたものの、安馬も来場所から大関昇進が確定的となった。
それにしても、大関陣の陰の薄さよ。
もうちょっと優勝争いに絡んでこなきゃ。
順繰りにカド番を迎えるような体たらくじゃ、ただでさえ下降気味の相撲人気が、世界の株価同様大暴落してしまう。
いや、もうなってるか。
ヤクザ10人を向こうに回せる強さがなくてもいい。
せめて5~6人は楽に叩きのめせる強さが欲しいぞ。

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天草西海岸を行く。

今週半ばの急激な寒さも末頃には緩んで、今日は絶好のお出かけ日和でした。
というわけで、ぶろぐるの住む天草下島の西海岸を行く。
下島の西海岸は、外海に面しているのでとても波が荒い。
だから、荒波に削られた奇岩絶壁が南北にずっと続く。
特に、「妙見浦」は絶景だ。
「妙見浦」と書かれた掲示板を横目に狭い坂を下っていくと、目の前は妙見浦だ。

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ここは遠くから見ると、海に向かってゾウさんが歩いているように見える。

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こんもりと小高い岩場の右側を進むと、ごろごろとした岩場そして岩のトンネルに出くわす。

そこを抜けると、一方はちょっとした洞窟、一方はすぐに海だ。
ちょっとした隠れ家的たたずまい。
夏などは一日中いてもいいだろうな。
そこから先を行くと、大きな岩のトンネルにたどり着く。
ちょうど、ゾウさんの鼻の下にあたる部分だ。


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ゾウさんの鼻の下まで行く度胸はなかったのだが、洞窟探検をする。
洞窟の入り口は中でくつろげるほど広い。

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それから奥へと向かう。
かがまなければ奥へ進めないほどの狭さ。
真っ暗なので、途中石につまづいてしまった。
でも、洞窟の奥は波飛沫がすごくて、まるで別世界を見ているかのようだった。

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一端外に出て、洞窟の入り口を写真に撮った。

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で、ゾウさんの鼻の下まで再び行こうとしたが、足場が悪すぎて行けなかった。

天草西海岸は、こういう奇岩絶壁のオン・パレードである。

ちょっと交通の便は悪いけど、一見の価値はある。

天草市のHPにリンク。


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女のコって、なんだかなぁ

誤解のないように言っておくけど、ぶろぐるは自分では結構フェミニストだと思ってる。
別に女性に何の怨みもわだかまりもない。
でも、これだけは言いたくて、ブログに書きました。
女子ばかりのクラスてのは何ですね。
何も知らない人は「天国じゃないですか?」なんて言う人がいるけど、とんでもない。
女子ばかりのクラスほど、世話の焼けるものはない。
男子ばかりのクラスの方が、よほどまし。

ぶろぐるの高校時代の友人(男)で、女子校の先生になったのがいる。
「女子校ってどうよ?」って聞いたら「あんなところにいると、ものの2ヶ月で女嫌いになるよ」と言われた。
当時のぶろぐる、「そんなもんかいな」と思ったけど、女子の多い今の学校に行って、やっとその言葉が身にしみる。

全員女子のクラスは「むきだしの女子」がそこにいるって感じ。
生理が始まったので、ナプキンを借りてトイレに直行する女子がいる。
ぶろぐるの目の前で平気で着替える女子がいる。
ブラもおへそもパンツも見せ放題だ。
そればかりか、いたずらでスカートはめくる、ジャージは脱がせる。
いや、ぶろぐるではなくて、女子が。
これだけ聞くと、「役得じゃん」と思うかもしれないが、逆に情けなく感じる。
何だか、女の一番見苦しい姿を見せつけられているようで、嫌だ。

あきれたのは、自分が脱いだ服の臭いをかいで、「くっせ~!」って、ぶろぐるの前で大声でのたまう女子がいたこと。
もっと恐ろしいのは、自分が脱いだタイツの臭いをかいで、そういう発言をした女子がいたことだ。
本気で、一発殴ってやろうかと思った。
本気で、もう女子校生も終わりだなと思った。

これはもう、男女平等がどうのこうのではない。
それ以前の問題だ。
デリカシーの問題だ。
エチケットの問題だ。
いやいや、人間性の問題だ。

女子諸君よ、何をしてもいいし、何を言ってもいいけれど、最低限の恥じらいは持つべきじゃないか。

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寒すぎます

寒い。
一足飛びに冬が来たという感じ。
ぶろぐるのいる地域は寒いだけだったけど。
ぶろぐるのいた地域はみぞれが降ったとか。
日本海側や北日本では雪が降った。
11月の雪ですか。
地球の温暖化はどこに行ったのだろう、と思いたくなるような寒さですね。
何だか昨今の社会情勢を反映しているかのごとき寒さ。
鍋物はおいしい季節っぽいけど。

で、ちょっと暖かい話題を一つ。
ぶろぐるの元教え子が、看護学校に合格したそうで、わざわざ報告してきた。
部活のマネージャーをしてた子だ。
卒業後も頑張って欲しい。

ところで、明日はもっと寒くなるそうな。
風邪を引かぬように気をつけましょう。

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昔の人って、こんなところまで歩いてきてたんですね。

休日を利用して、八代市泉町は五家荘に行ってきました。
一度、「平家落人の里」という施設に行ったことがあります。
ものすごい山道を走らされたのを覚えています。
で、やっぱり山道をひたすら走りました。

季節はおりしも紅葉の時期。
狭い道に、いっぱい車が通っていた。
狭い道での離合は大変だ。
よけ方をまちがえると、斜面から転げ落ちてしまう。
おまけに、ぶろぐるの車の数台先は観光バスだったので、よけいに時間がかかった。
飽きるほど山道を走らされた挙げ句に、やっと着いた五家荘。

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お腹がすいたので、みやげ物店で山菜そばを食べました。
コシは強いけど、やたらとポロポロするそばでした。
写真がなくてすいません。

腹ごしらえができたところで、せんだん轟(とどろ)の滝へ。
この地域では、滝のことを轟という。
で、昔、大きな栴檀(せんだん)の木があったから、「せんだん轟の滝」。
滝ってだいたいそんなものだと思うが、滝壺に行くまで、石段を延々と下りる羽目になる。
「こりゃ帰りが大変だ」と思いながら、途中途中でデジカメのシャッターを押す。
こんな感じで。

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滝の様子は、言葉で書くより写真でどうぞ。

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帰りは案の定、嫌になるほど石段を登らされた。
ちょうど途中に、茶店があった。
おばちゃんに聞くと、年配の方は登ってくるとき必ずここで休憩を取るという。
だからここに店があるのか。
入り口からはちゃんと滝が見えるし。

さて、目当ての一つ、「せんだん轟の吊り橋」は、滝からさらに1キロほど下ったところにある。
でも、看板が目立たないので、一回通り過ぎてしまった。
で、意外と小さい橋だった。
期待していたほど「絶景!」という感じの紅葉ではなかったが、とりあえずよさそうなのを写真に撮った。

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ぶろぐる的には、杜牧の漢詩「山行」の世界を期待してたけど。

 遠上寒山石径斜      遠く寒山に上れば石径斜めなり
 白雲生処有人家 白雲生ずる処に人家有り
 停車愛坐楓林晩 車を停めて坐ろに愛す楓林の晩
 霜葉紅於二月花 霜葉は二月の花よりも紅なり

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野球狂の詩みたい

女子校生、プロ野球チームに入団。
という、マンガのような話が実際にあった。
本日付の「iza β版」から記事を引用する。

来年4月開幕予定のプロ野球関西独立リーグのドラフト会議が16日、大阪市住之江区で行われ、横浜市在住の16歳の現役女子高生、吉田えりさん=神奈川県立川崎北高2年=が神戸球団からの指名を受けた。

 吉田さんは、入団に対して前向きな姿勢を示しており、日本では昭和25年から2年間、女子プロ野球リーグが存在したが、吉田さんが入団した場合には、男子プロに交じって、女子プロがプレーする、日本プロ野球史上初のケースとなる。

 吉田さんは、今月2日から3日間にわたって行われた同リーグのトライアウト(入団テスト)の1次、2次テストを、女子でただ1人クリア。実戦形式での最終テストでも、アンダースローから繰り出す得意のナックルボールで、打者4人を三振、四球、二ゴロ、遊飛に打ち取る、上々の結果を残し、この日の指名が有力視されていた。

 神奈川・中川西中では軟式野球部。川崎北高では硬式野球部の門をたたいたが、ケガで断念。その後、男子に交じり、2つのクラブチームで腕を磨き、今年9月から女子硬式チームの「アサヒトラスト」に所属。「プロ野球選手が夢」と言い切る右腕は、父の勇さん(45)の後押しもあって、性別での受験制限のない、同リーグのトライアウトを受けたという。

 身長155センチ、あどけなさが残る吉田さんは現在、高校2年生。入団後は、関西の高校への転校も検討しており、話題性は十分の“女子高生プロ投手”が誕生する。

何だか片岡安祐美を彷彿とさせる。

でも、このテの報道を見て思うのだけど、野球に限っては、どうして「女子選手」ってアリなんだろう。
それはたぶん、高校で女子野球をやっているところが少ないからだろう。
この夏にテレビで「女子校生の甲子園」てのを見てからネットで調べてみたら、全国の高校で女子野球部のある学校はせいぜい5~6校程度。
これでは地区大会もできない。
しかもほとんどが私学。
私学は高い。
ぶろぐるがかつて、野球部の部長をしていたときも、練習試合で女子選手を見たことがある。
県立の学校で。

それに女子選手にも女子選手なりの矜持てのがあるんじゃないか。
「野球をやるなら男子を相手にやりたい!」というプライドのようなモノ。
逆に言えば、女子を相手に野球をやるのは物足りないってこと。

まあ、「野球は男のスポーツだ」という意識は、みんなの中に根強くある。
「巨人の星」だって「メジャー!」だって「ROOKIES」だって、結局は男の戦いだし。
高野連はいまだに、公式試合における女子選手の、メンバーとしてのベンチ入りを認めていないし。
ちょっと前までは、女子のベンチ入りそのものを認めていなかったしね。
この報道も、逆に言えば、女子が野球をするのが、いまだに珍しいこと扱いになっているってことの裏返しなのだろう。

でも、個人的には吉田えりさんには頑張ってほしい。
女子プロ野球リーグができるまで。
いずれ片岡安祐美とガチンコ対決をする、その日まで。
というより、その日になっても。


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文化祭がやってきて、そして終わった

今日は文化祭だった。
というより、今日も文化祭だったと言うべきか。
久しぶりにぶろぐるは、
文化祭らしい文化祭を見させてもらった。

ぶろぐるの学校は、普通科をはじめ五つの学科で成り立っている、いわば総合学校。
だから、普通科を除く4つの学科は、実習の延長線上の出し物がほとんどだ。
たとえば、農業系の学科なら、作物の販売が主だし。
食品系の学科なら、加工食品の販売がメインである。
食品バザーなら、女子だらけの生活系学科におまかせということで。
商業系学科は、地元企業と取引して製品の販売をする。

こういう出し物は、あんまり普通高校ではやれないものだけど、逆を言えば、普通科以外の学科は、学科の特性に縛られて思い切ったことができないとも言える。
普通科は、そういう学科の特性に縛られない分、かなりつぶしが利く。
だから、やりようによっては、普通高校の文化祭の方が面白い。
例えば、ぶろぐる的構想では、立体水族館。
ヘリウムガスで魚のオブジェを大量に飛ばすとか。
ガラス全面をステンドグラスにするとか。
ピンポンボタンをたくさん準備して、クイズ大会をするとか。

ぶろぐるの学校の場合、普通科の融通性と、専門学科の特性をうまくミックスさせれば、もっともっと面白い文化祭ができると思うんだけど。

さて、話がなんだか理屈っぽくなってしまった。

文化祭は朝から大繁盛である。
シクラメンにメロンにトマト、キャベツにミカンにベーコンにソーセージ、タピオカジュースにケーキ各種、なんでもござれの大バザール。
特に販売部門は、いたるところで大行列。
食品バザーも、カレーも焼きそばも大好評だった。
冗談抜きでうまかったし。
ぶろぐるの前任校に比べて、客の数も多いし、文化祭のやりがいもあるというものだ。

特にステージ部門のファッションショーはすごいね。
これだけの出し物は、前任校では逆立ちしても真似できない。
前任校の女子連中が、うらやましがるほどだ。

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文化祭がやってくる

今日は文化祭。
でも、実際は明日が一般公開となるので、今日は午前中準備。
とはいえ、前日までに飾り付けなどが終了しているクラスなどは、暇をもてあまし気味で、ぶろぐるのクラスは、自分でトランプを作って遊んでいた。
一方では農業系の学科は、物品販売のテント作りに一生懸命である。

さて、昼から校庭で感謝祭である。
「祭」と言っても、別に宗教色はなく、祭壇ぽくしつらえた台に農業系の学科が作った野菜や食料品や花などが供えられる。
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そしてその両脇に、各クラスごとに豚汁やおにぎりが並べられている。
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祭そのものは割とあっさりしたもので、農業クラブ委員長の生徒のあいさつ、校長のあいさつに続いて、各学科の代表が自分の意見を述べる。
そしてその後に、全校生徒および先生方におにぎりと豚汁がふるまわれる。
豚汁はうまかったけど、おにぎりはもう少し塩味をつけてほしかった。
でも、豚汁は6杯、おにぎりは7個食べた。
青空の下で食べれば何だってうまいのだ。
Photo_6

それが終わると、体育館で文化祭の開祭式。
実は、式の途中でくす玉を割ることになっていたが、案の定割れなかった。
生徒会長に「割れるかどうか一回試せ」と言ってたのに・・・。
文化祭初日は、ほとんどステージ部門。
クラスごとの合唱コンクールは新鮮だった。
ぶろぐるの前任校では、あんまりそうしたことがなかったから。
どうやらこの地域の生徒は、人前で歌うのに抵抗がないらしい。
合唱コンクールの前に、2年の音楽選択者によるバンド演奏があったぐらいだから。
最後は合唱者全員で、「大地讃頌」を大合唱。
総勢180名による合唱は壮観だった。

明日は一般公開の日。
メインとなるバザーを当て込んで、結構大勢の方が来られる。
明日も晴れる。昼過ぎは雨だけど。
ぶろぐるが帰るときも、学科によってはまだ残って準備をしていた。
やはり文化祭はこのぐらいの意気込みがなくては。


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文化祭前日です

最近、小春日和が続いている。
朝晩は寒いけど、昼はとても暖かい。
でもこの暖かさが一段落すれば、いよいよ冬が迫ってくる。
ぶろぐるの学校の女子生徒も、そろそろタイツをはきだした。
スカートの下に、ジャージをはく者もいる始末。
コンビニの店頭にはすでにおでんが用意され、いよいよ晩秋、そろそろ冬である。

ぶろぐるの学校でも、いよいよ明日が文化祭だ。
明日は文化祭の初日であると同時に、学校の「サンクス・ギビング・デイ」でもある。
つまり、感謝祭。
どういう催しになるかは、明日以降のブログで報告する。

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11月に野球ってどうもなじめない

日本シリーズが終わった。
戦前のぶろぐるの予想を見事なまでに覆し、4勝3敗で埼玉西武が日本一に輝いた。
今朝のラジオで知ったけど、明日からアジアシリーズだそうな。
正直言って、「ああ、そういえばアジアシリーズがあったね」
その程度の認識である。
アジア最強のチームを決めるイベントなら、もうちょっとPRすればいいのに。
やっぱ巨人が出ないから?
それとも、大リーグの優勝チームと対戦しないから?
まさか、日本のチームがどうせ勝つと、たかをくくっているから?

先日のブログで、日本シリーズで原監督が惨敗したらWBCの監督人事がまた揉めるだろうな、と書いたが、7戦までもつれこんだので、もうそういう話はなかろう。

と思っていると、またひと波乱あるかもしれません。

でもこれだけ監督人事で揉めて、原ジャパンで世界一になったら、それこそ「メーク・レジェンド」ですね。

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日本の宝島を撮りました

日本シリーズは、ぶろぐるの予想に反して、4勝3敗で埼玉西武ライオンズが4年ぶりに日本一に輝いた。
細身で長身の岸投手が活躍したのが大きい。
7戦までもつれこんだので、巨人の原監督のWBC監督就任に黄信号がともることは多分ないだろうが、ぶろぐる的に「原さんで大丈夫かな?」という懸念は残った。

さて、今日はぶろぐるの学校は代休である。
だから、現役女子校生2人を連れて旅に出た。
などと言うと、「お前は何をやってんだ」と言われそうだが。
実は文化祭のネタを撮影しに、ぶろぐるの島を回っただけでした。
場所は「日本の宝島」こと、天草島。

「天草の昔と今」というテーマで、天草のあちらこちらを撮ってきた。
といっても、せいぜい一日で天草のすべてを回れるわけがない。
天草島は大別すると、大矢野島・天草上島・天草下島の三つの島から為る。
かつては2市11町だったが、市町村合併のため、現在では大矢野島を中心とする上天草市と、天草下島を中心とする天草市、それに合併に加わらなかった苓北町の2市1町から成り立っている。
合併してどうなったかは、ここでは言わない。
本筋とはずれるから。

さて、ぶろぐるたちが向かったのは、天草空港。
到着したものの、まだ飛行機が着陸していなかったため、天草~熊本の定期船・マリンビューのいる本渡港へ向かう。
ところがここでも、まだマリンビューが到着していないとのこと。
そこで、天草上島に行き、天草五橋を撮ってきた。


Photo

五橋近くの展望レストランから撮影したものだが、つくづくこのへんの風景は絵になる。
絵になると思ったら、同じ場所に地元テレビ局の定点カメラがあった。
そういえば地元テレビ局の番組に同じアングルの映像があったな。
でも、今日は朝から風が強かった。
天草は海に囲まれてて、海風がとても強いところだけど。
それにしても風が冷たかった。


Photo_2

そろそろ天草空港に飛行機が到着する頃だろう、ということで、有料道路を使って本渡へ向かう。
そしたら案の定飛行機が着いていた。
空港に入ると、平日にもかかわらず結構混んでいた。
早速撮ったが、金網が邪魔してこんな具合にしかとれなかった。
引き続いて本渡港へ向かう。


Photo_3

これを撮った生徒いわく「もうちょっと下から見上げたアングルで撮りたかったよね」

ところで、地元の高校生は案外地元の名所に行かないものだ。
そこで、いい機会だからということで、天草下島の西側を回ることにした。
天草下島西側、すなわち西海岸。
外海に面したところ。
本渡の山の中から下田温泉に抜け、そこから南下すると、右手はずっと海ばかり。
奇岩絶壁のオンパレードだ。
車で10分ほど行くと、妙見浦というところに着く。
天草を代表する、スキューバダイビングのメッカだ。
今日も平日にかかわらず、誰かがスキューバをしていた。
妙見浦の岩場を抜けると、そこは絶景である。
巨大な岩場と、天草灘の荒海のコントラスト。
今日は、特別に妙見浦の奥まで足を進めたが、惜しいかな、カメラを忘れた。

普通なら天草町の高浜から河浦町へと向かうバイパスを使うところだが、あえて高浜~大江間は、道の悪い向辺田を行くことにした。
ここからは、天草灘の全景が見える。
つまり、向こうまで果てしなく続く海が見えるってこと。
まさに、江戸時代の学者・頼山陽が「雲か山か呉か越か」と詠っただけのところではある。

で、今回連れて行った女子校生、何を見せても大喜びする。
「こんなとこ行ったことないですぅ~」なので、天草にこんな絶景があるとはホントに知らなかったらしい。
前の学校に比べると、結構リアクションは大きいので、こちらとしても紹介のしがいがある。
そういう意味では、ぶろぐる的にはいいトコに転勤したという感じ。

さて、河浦町から牛深まで向かい、茂串海水浴場へ向かう。
茂串海水浴場といえば、2003年の大河ドラマ「宮本武蔵」で巌流島の決闘の舞台となったところ。
あのドラマが起爆剤になったのか、夏になると結構海水浴客でにぎわう、天草を代表する海水浴場。
海水浴場にありがちな、海の家もなければ、コンクリートの通路もない、まさに天然の海水浴場。
だから、砂浜に行くまで結構ごつい岩場を歩かなければならないが、そこがまたいいのである。
で、女子校生二人組と記念撮影。

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当然顔にはモザイクかける。

お腹がすいたので、牛深海彩館のレストランで昼食をとる。
その前に、牛深~蔵の元(鹿児島・長島にある港)のフェリーを撮る。

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レストランでは、ぶろぐるはシーフードカレー、生徒はハンバーグ定食を食す。
お腹満足の状態で、帰りは爆睡の二人組でした。

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妖怪としてのゴジラ

1954年に「ゴジラ」が公開された時には、当時の批評家はこぞってこの映画をキワモノ扱いにした。
「まともな大人が見る映画ではない。したがって、まともに批評するべき映画ではない」と切り捨てられたのだ。
これは「ゴジラ」ばかりではない。他の特撮映画も同じようなものだった。
1961年の「世界大戦争」がキネマ旬報の15位に入ったのがむしろ例外で、1995年に「ガメラ 大怪獣空中決戦」がキネマ旬報のベストテン入りを果たすまで、特撮映画は映画賞とは無縁の存在だった。
あれから50年以上たって、未だに「ゴジラ」をキワモノ扱いする人は、もういなくなった。
それどころか、今では「ゴジラ」は日本映画史上の革命的作品として、「七人の侍」と肩を並べる地位にある。
さらに、国語の教科書に載るまでになってしまった。
「ゴジラ」を題材にした評論である。
その名は、「妖怪としてのゴジラ」
ゴジラは怪獣だろ!
と突っ込みたくなるタイトルだが、実は今から20年以上前に書かれた、民俗学者・宮田登の論文だ。
これが実は国語の教科書に載っている。
大修館書店の「新編国語総合」という教科書だ。
この評論の中で筆者は、「妖怪談義」の柳田国男を参考に、妖怪を研究すると何が分かるかという問題提起をしている。
その上で、怪獣や妖怪といった存在に、現代人が何を託しているのかを論じた文章だ。
ゴジラが教科書に載るなんて、時代も変わったなあ。

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文化祭がやってくる。

文化祭がやってくる。
以前に、ぶろぐるの前任校の文化祭について書いたが、ついにぶろぐるの学校にも文化祭がやってくる。
だから明日から3連休だ。
月曜日は代休だ。
元農業高校だから、おいしい食べ物を豊富にそろえて待ってるぞ。
市民町民みなおいで。
みんなで盛り上げろ、文化祭。

と、言いたいところだが、裏方は結構大変だ。
係の生徒の指導が大変だ。
なにせ、こういう活動が三度のメシより大嫌いな生徒である。
係の集まりに来ない。
集まりに来ても、なんやかんやで逃げ出してしまう。
結局、マジメな生徒にしわ寄せが行く。
まあ、ぶろぐるの指導不足もあるかもしれないけど。

それでも、逃げ出した生徒諸君に告ぐ。
だったら、簡単に「就職したい」とか、「進学したい」とか言うな。
とっととあきらめろ。
はっきり言って、文化祭の作業を逃げ回る生徒が、どうして実社会でまともに働けるだろうか。
無理矢理進路先を決めても、どうせ逃げ出すに決まってる。
きついことをやり抜く習慣(?)ができていないからだ。
そう言うと、「金がもらえるから頑張れる。」と反論する輩が、必ず出てくる。
では、高卒の離職率の高さは、どう解釈すればよいのだろう。
金がもらえるなら、使い捨ての派遣でも頑張れますか。

いろいろと事情があることはわかっている。
ぶろぐるはそんな学校ばかり赴任してきたから。
家の事情がごたごたしてて面白くないとか、学校の校則が厳しくて面白くないとか、面倒くさいことは大嫌いだとか。
でも、大抵の場合、大人になってからの問題よりうんと軽くないか。
全ては学校を卒業してからの方が厳しくないか。
だから、学校を中途退学してからの方が厳しくないか。
ぶろぐるの教え子で、高校を中退したことで幸せになった子は、いまだ聞かない。

辞めると言えば、ぶろぐるだって、本当は教員なんてやりたくなかった。
嫌で嫌でたまらなくて、一年目に辞表を出したことがある。
それでも、十数年やってきた。
その間、いろいろなことがあった。
泣きたくなることもあった。
頭に来ることもあった。
それでも、教員を続けてきた。

だからこそ、言いたい。
面倒なことから逃げ回っていると、いずれ面倒なことにがんじがらめに縛られる。

文化祭ぐらいで、ぎゃあぎゃあ逃げるな、生徒諸君。

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医療現場もつらいと思うが

ウチの学校の生徒が事故に巻き込まれた。
その生徒はバイク通学をしている。
夕べ、バイクで下校中、あと少しで我が家というところで自動車と衝突し、足の骨を折る大ケガをした。
すぐさま病院に運ばれたが、その病院は満床であるということで、なおかつ他の病院に回せない状態で、結局手術にこぎつけるまで3時間ほどかかった。
命に別状がなかったからいいようなものの。
後遺症が残るかどうかが心配だ。
それにしても、緊急の事故に、緊急の手術ができないなんて。
これが地域医療の実態ということだろうか。

いや、それは田舎だけの話ではない。
東京でも、脳出血を起こした妊婦が病院をたらい回しにされたあげく、意識不明の重態に陥り、現在も治療中だとか。
東京の病院も、地方の病院も、緊急の事態に対処できない。
一体何のために病院はあるのか。
医療に携わっている人たちを非難したくない。
多分この事態に、一番つらい思いをしているのは、こういった人たちだろうから。

ただ、ちゃんと人の命を救う、そういうシステムを作ってほしい。
それは政治の問題だろ。

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わたしとゴジラとの出会い(その2)

初代ゴジラの映像は、それまでにも断片的に見てきたけど。
国会議事堂を破壊するシーンとか。
でも、全編を見るのはこのときが初めてだった。

使い古された表現だけど、初代ゴジラはとても怖い。
狂気をはらんだようなギョロ目と、笑いを浮かべているような口が不気味。
夜の東京で暴れるシーンは、まさに「闇に蠢く」というイメージそのものだ。
そして、いかなる攻撃にもびくともしない不死身ぶりが、こんなに恐ろしいものだったとは。
アメリカの怪獣映画は、軍隊の攻撃に一応傷つく。
キングコングしかり、金星獣イーマしかり、原子怪獣しかり。
ところがゴジラは、爆雷にも戦車砲にも高圧電流にも全くびくともしない。
そして、それらを全て、口からはき出す放射能火炎によって焼き尽くしてしまうのだ。
しかも逃げ惑う人を情け容赦なく押しつぶし、女子供もデパートごと焼き殺す。
この極悪怪獣ぶりは、当時の観客にとって衝撃的だったろう。
悪のゴジラの極致を見たぶろぐるも、それからしばらくは、夜空を見上げては、街を襲うゴジラの姿を夢想したものだった。

この映画を見た当時、実は粘土細工にはまっていたぶろぐるは、来る日も来る日も粘土で街のセットを組み立てては、同じく粘土で作った怪獣にぶち壊させていた。
それが12・3歳のころだったから、いかに年甲斐がない子供だったかがわかるだろう。
「ジオラマにすればよかったのに」と言われそうだが、当時のぶろぐるにそんな資金力はなかった。
当時流行っていたガンプラさえ買えなかったのだから。
まして、怪獣映画のビデオソフトなど、手に入れるのは夢のまた夢であった。
だって、ソフト一本25000円だよ。
レンタルビデオショップが出る以前の話だよ。
だいいち、当時のぶろぐる家にはビデオデッキはなかった。
ネットから動画をダウンロードし放題の今とは隔世の感がある。

昭和は遠くなりにけり。
ぶろぐる歳をとりにけり。

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わたしとゴジラとの出会い

11月3日は、統計的に雨の日が多いらしい。
で、そのとおりになった。
今日は紅葉でも見に行こうかと思ったが、やめた。
このところの朝晩の冷え込みで、ところによっては紅葉が見頃である。
で、来週ぐらいには紅葉の写真を撮ってこようと思う。

ところで、11月3日は、「ゴジラ記念日」でもある。
理由は簡単。54年前の1954年11月3日、「ゴジラ」が公開されたから。
ぶろぐるがリアルタイムでゴジラ映画を見たのは、1984年の「ゴジラ」からだ。
とはいえ、この時代は、よくテレビのゴールデンタイムでゴジラ映画を放送していた。
今でも、ドラえもんの映画版や名探偵コナンの映画版を放送するように。
放送された作品は「怪獣総進撃」「南海の大決闘」「ゴジラ対メカゴジラ」など、どちらかと言えばゴジラが人間の味方をするようになった時代のものが主だった。

そういえば、覚えてますか。
ドラえもん映画版の第一作「のび太の恐竜」の同時上映は「モスラ対ゴジラ」だったってこと。

ぶろぐるはこの映画を見に行きましたが、「のび太の・・・」よりも「モスラ対ゴジラ」のほうがお目当てだったっけ。
そのころぶろぐるの頭の中では、「ゴジラ=人間の味方」という図式ができあがっていたので、この映画の中でのゴジラの悪党ぶりには驚かされました。
名古屋のコンビナートを炎上させ、名古屋タワーを倒し、名古屋城を崩壊させるゴジラ。子供心にも怖すぎました。
でも、モスラの幼虫に負けたのが、ちょっと悔しかったのを覚えてます。

ぶろぐるの中でゴジラ熱が盛んになったのは、ゴジラ復活の話が本格化し始めた1983年頃から。
あの頃、たしかゴジラ復活を盛り上げようということで、いろいろなイベントがあった。
伊福部昭の特撮映画音楽のコンサートがあった。
その曲をヒカシューがシンセサイザーで演奏したLP「ゴジラ伝説」が話題になった。
ゴジラ映画のビデオ化も盛んになった。
東宝特撮映画の傑作を10本全国各地で上映されていたのも、その一環だった。
「ゴジラ」「ラドン」「モスラ」「キングコング対ゴジラ」「海底軍艦」「モスラ対ゴジラ」「三大怪獣 地球最大の決戦」「怪獣大戦争」「キングコングの逆襲」「メカゴジラの逆襲」といったラインナップだったと思う。
その中で、「ゴジラ」と「モスラ対ゴジラ」の2本立てを見に行ったのが、たしか小学校6年生のとき。

悪のゴジラは「モスラ対ゴジラ」で洗礼済みだったけれど。
白黒ゴジラの映像は衝撃的だった。(つづく)

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これも日本の現実か

指定校推薦で、理美容の専門学校に入学が決まっていた生徒が、家庭の経済的悪化が原因で入学を取り消さざるを得なくなった。
指定校推薦とは、「おたくの高校から来た○○さんは、とてもよくがんばっているので、今年も同じような生徒を○名ほしいです」と、その学校を指名して推薦してもらう制度である。
私立の大学・短大・専門学校ではざらにある推薦入試の形態だ。
わざわざ高校をご指名しているのだから、そこから推薦された生徒はほぼ間違いなく合格する。
いわゆる進学校ではない高校が進学実績を上げるためには、まことにありがたい制度である。
もちろん評定平均値などのハードルはあるが、そのハードルをクリアしてしまえば、だいたい合格は保証される。

その生徒は、前から美容の道に進みたかったらしい。
で、そのために一生懸命勉強を重ね、部活をやってきた。
ところが、今回の入学辞退である。
推薦入試で合格した生徒が、入学を辞退するのは大変なことである。
ことによると、裁判沙汰になることもあるという。

多分本人および保護者、それから学校からの「詫び状」を相手校に提出することで事態の収拾は図られるのだろうが。
それにしても、本人には何の落ち度もないのに、こういう形で入学を辞退しなければならない生徒の心境てどんなもんだろう。
でも親だって、泣くに泣けないだろう。
経済状況が悪化したため、せっかくの我が子の進路をパアにしてしまったのだから。
間違いなくその背景には昨今の金融危機がある。
これを「自己責任」の一言で片付けるのはあまりにも惨すぎる。
学校での本人はニコニコしてるけど、家では泣いてるんだろうな。

経済状況がハチャメチャになっている昨今、同様のことは全国各地で起きていると思う。
ひょっとしたら就職が決まった生徒も、内定取り消しなんてことが相次ぐかもしれない。

で、その生徒の今後だけど、就職の道を選ぶことになりそうだ。
だけど、美容室からの求人票は、ほとんど来ていないのが現状だ。

昨日もその生徒は、進路指導室の求人票を熱心に眺めていた。
その姿を見て、ぶろぐるちょっと泣きそうになった。

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